10年後の世界

予想不可能な部分もあるが予想可能な部分もある。
たとえば10年後には44歳である。
かなりショッキングであるがこれは予測可能である。

ではどこに住んでいるだろうか?
この部屋にはいつまでいるのだろうか。
東京にいるのだろうか。
日本にいるのだろうか。

「10年後に最も英語を話している国は中国」という予想もある。
iPhoneなんてボタンの無い電話であったりするわけでいま使っているこのキーボードも消え失せている可能性もある。
電話は残っているのだろうか?

スカイダイビングやダイビング(海)はその方法に劇的な変化が訪れることはあるのだろうか。
テキオートウはさすがに10年では無理かと思うがコミュニケーションに関してはATRの研究をみているとブレインtoブレインなコミュニケーションはかなりのところまで現実に近づいているような印象を受ける。

先日、ファミレスにいったらオジサン二人がワインを飲みながら机をたたいて激論していた。いったい何を話しているのか興味があったので話を聴いてみることにした。内容はその9割8部が会社の話であった。会社の誰がどうで、彼はどうで、だから彼はこうだからオレはこうで、彼をかわいがったのが誰でいま、それによって事業がこうあって、それに対して彼の位置づけはこうでそれをオレは憤る。みたいなことを一方が話す。すると他方がそれについてはあなたの思うところは重々承知できるが、その裏にはこれこれこういう事情があったと聞いている。ついては私は彼についてこう思うのだ。であるから事業部は云々。これが数時間続いている模様であった。

口論ではなくトークループといった印象を受けた。といってもこの二人全然ダメサラリーマンという雰囲気ではないのでそれなりの企業の構成員かと見受けられた。
一般的な日本の企業、いや、ほとんどの日本の企業では能力は外部ではなく内部調整に働く。大小に関わりなく機構としてトーナメントシステムが組み込まれているので致し方ない、とも言えるが脳のエネルギーが内部調整にあれだけ盛んに消費あれるのはみていて残念である。

あの人たちのあの議論が外向きのエネルギーに転じたなら彼らの属する組織や企業はどれだけのパワーを得ることになるだろうか。

また多くの企業や組織がダイナミズムを欠いていく理由はコミュニケーションにその最たる理由がある。
企業や組織の原動力は人であり、人のダイナミズムを最大化させるためにはいかにひとりひとりの脳をドライブさせた状態に持って行けるかにかかっている。人は面白いと思えば集中によって作業効率や脳力を200%くらいまで拡張させたりするものである。あらゆる人が毎日数時間でいいので試験前な集中力をキープできればその国はスゴイことになるんではないかと思うわけである。

結論というわけでもないんだが良くできた「コミュニケーションのインターフェイス」を持っている組織・企業とそうでない組織での格差は今後激しさを増すだろうな、と思うのである。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする