ケータイ

物理的な感覚器を経由しなければ我々は意図を伝え合うことができない。

今日から1000日ほどケータイ電話の電源を切ったらところで自分の脳力と能力に大した変化は生じない。

では変わるのは何だろう?

外界との接触機会が減ること。
自分へのアクセス方法の一部が機能しなくなることくらいではないか。

それによってどのくらい自分の人生は影響を受けるのだろう?
検証は難しそうである。

伝わることがなければ情報は何の影響も及ぼさない。
情報は伝わることで存在が固定され情報として認識される。
起こらなかった事象もそれが生じるまでは事象として認識されない。

感覚的なものだけれど場が動いている限り流れは発生し続ける。

そして物事は流れの中で本来あるべき場所へ収斂していく。

遅いか早いかの違いがあるだけだ。

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