映画「黒く濁る村」 凄まじい緊張感と濃厚な時間は今年No.1のインパクト


■映画「黒く濁る村」。

先日オンラインで予告編を観た際に惹きつけられるものがあり劇場に足を運んだ。

直感は正しかった。

まさかこの土曜にこのような作品と出会うとは思いもしなかった。

舞台は韓国のとある村。
ある宗教家の死から物語は始まる。
父親の死を機に息子は生前に父が暮らした村を訪れる。
しかし村にはある秘密が隠されていた。

序盤から俳優陣の強烈な演技に惹きつけられる。
映像というよりも俳優力によってつくりだされる「暴力」。
意識は一瞬のうちに劇世界と同化し、数分のうちに劇場にいることを忘れていた。

脚本の出来は秀逸で様々な伏線が説明的ではなく違和感なく埋め込まれている。
映像のテンポ、俳優の強烈な演技、尋常ではない緊張感。
これらのバランスが絶妙なのである。

徐々に明らかになる謎。
それでも緊張感の高まりは消えない。
謎と謎がインパクトのある映像でつながっていく。
この時間感覚がたまらない。
濃厚そのものである。
オールドボーイ」の緊張感とは異なる怖さ、全盛期の角川映画「犬神家の一族」や「人間の証明」などと同種の「重く湿った熱」。

だが僕が驚いたのはラストのちょっと前のシーンである。
心の中を風が流れていくようなそんなシーンがある。
あの濃厚な時間の連続の果てに、こんなシーンをつくりだせるものなのか。
脚本の作り込みに本当に感心した。

そしてラスト。
あれをもってくるとは。
いやはや恐るべし。
今年No.1の一本である。
(あの「目」はすごかった。言葉なき言葉を映像でやられると強烈な印象が残る)

チェイサー」も素晴らしかったが「黒く濁る村」も強烈であった。
韓国映画のパワーと完成度には驚愕させられる。
観るべし。

追記:人の本性として「こうあって欲しい」という「像」がありそれが歪むような情報(作品やシーン)は理性と衝動の反撥を誘う。この感覚をつくりだすことができるような作品こそ価値ある作品だと自分は考えている。

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