企画について思うこと

基本は「バカになれ」である。

出来のよい企画は面白いし、未来もあるし、いい、これはもう間違いない。

しかし…。

企画の本質は「正解」ではない。

「オヤ?!」である。

人がわからないようなコアがダイナミズムを産み出す。

だから、出来のいい企画ばかりつくっていると企画脳がしぼんでいく。

それは「正解脳」みたいなものでそれは多分あんまりいらない。

正解脳をいっかいつくった後に企画脳でもんでいく。

太極図なアプローチをしないとイカンのである。

なので減点思考でいくとやっぱダメ。

任天堂もヴァーチャボーイとか衛星通信システムとか64DDとかファミリーベーシックとかディスクシステムとか尋常では考えられないくらいの
「ポカやった」(by健介)を繰り返しての

「DS」

である。

買い物だってそうだ。

どれだけ「ポカ」をやったかというDBができてきてはじめて「目利き」なわけだ。

PCだってヤヴァイ台数を買ってはじめて「いいマシン」がわかるようになる。

ネットもそう。

いきなりのラッキーもあるけれどこの「ポカ」の中にダイナミズムの幼芽があり、これに気づけばセレンディピティの発動が連鎖し、
ダイナミズムを呼び覚ます。なんて思ったりするのである。

ネットも情報の世界であって、情報の世界の本質をどこまでもおいかけていくと「人間」だったりするのである。と、
オレ以外には意味不明な話なのですが理詰めはおそらくうまくいかない、というのがオレの心証です。それを越えるメソッドがあるけれど、
それはメソッドではないことがメソッドみたいな太極図なのです。

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