「コンピューターおじいちゃん」とコンテンツの形

http://ameblo.jp/anabuki/entry-10006776448.html

上記、エントリーなにげなくながめていたのだけれどツッコミが面白い。

後半部分のMacとWindowsについて書かれた

追記;世の中のパソコンには、マッキンとウィンドウがあります。私はマッキンはできません。
時代はフローラです。沼田さんは私のアドバンスを無視してマッキンを買いました。
沼田さんのマッキンはマウスのボタンが一つしかないんです。私のフローラは2つ有ります。勝ちです。

マウスのボタンでパソコンの優劣が決まるのならマウスだけ買い返れ。
ってか沼田さんはドラッグのとこでも見下してたけどなんか恨みでもあるの?

の箇所を読んでいたら不覚にも吹き出してしまった。

この記事の考察のポイントはこういうことだと思う。

「コンピューターおじいちゃん」

→たいしておもしろくない

「エントリーでのツッコミ」

→編集が入る為、
笑いのポイントが明確になり面白さが浮き彫りになる。

という関係があるのかな、と思った。

この構造は「モノマネのおもしろさ」と似ている。

クラスにひとりくらいはモノマネの上手な生徒がいる。
その生徒が教員のモノマネをする。やたらと面白くてクラス中が笑いに包まれる。だったら当の教師が登場したらどんなに面白いだろう。
ところが教師が登場しても全く面白くない。

モノマネの過程で対象が編集され表現に変化することで情報の質が変わり「面白さ」が発生する。

上記のエントリーでのツッコミもこれと似ている。

またネット上の超ニッチなコンテンツ群の中には上記のような「情報の編集・加工」
によって強烈な面白さを発揮するものが少なからず存在するように思う。

こうした情報の編集的表現はネットとコンテンツの一つの形だと僕は考える。

この投稿へのコメント

コメントはありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です