「凍」(沢木耕太郎) 読了、読んでいる間、別世界にいた

凍 

(沢木耕太郎)

を読了した。

シンノスケのブログでも紹介されていたので
「ヘー」と気になっていたのだが先日タドの家にいったとき発見。

「アッ!その本!読みたい」

といったら奥さんが

「これね、この本もあるの知ってる?」

と夫妻が下記の本も一緒に貸してくれた。

垂直の記憶―岩と雪の7章 

垂直の記憶―岩と雪の7章

さきほど「凍」の方を読み終えた。

表題にも書いたが読んでいる間、自分がここではなく遠く大陸の雪山にいるような錯覚に陥った。

文章にこのような力があることを忘れていた。

昨日、ゲド戦記の2〜3巻を読んだのだが全く異なる読書体験であった。

最初、タドの家で本を見つけた時は山野井泰史氏が誰なのかわからなかったが、
「凍」を読み進めるうちに

「アッ!あの人だ!」

と記憶が蘇った。もしや、とは思っていたが以前に情熱大陸で放送された回に印象深かった登山家であった。
番組では奥多摩でのトレーニング風景のシーンがあったのだがそれをみて衝撃を受けた。
オレだったら10本くらい命綱をつけないと登ることができないような絶壁を

「ちょっとそこまで」

と言った感じで散歩するようにスイスイと登っていってしまうのであった。

その姿はかなり印象的で

「猿飛佐助かよこの人…」

と思った。まさにその人が「凍」の主人公であった。放送をみながら

「友人のヤマカワに似ているなあ」

と思っていた。
ヤマカワはいまカーネギーメロン大学で先生をやっている天才プログラマーなのだが素朴さと雰囲気が似ているように感じた。

番組には奥さんも登場していた。

彼女も有名なクライマーで両手足の指を凍傷で失っている。それを聞いて驚いた。奥さんは朗らかで悲壮感もない。
手足の指を失うほどの重傷を負ってもこんな風に振る舞えるものなのか、と思った。
さらに数ヶ月後には彼ら二人は8000メートルクラスの山に挑むのだという。

こんな人たちもいるんだなあ、と少し羨ましさを感じた。

しかし、「凍」で語られる彼らのクライミング体験は凄まじいの一言であった。
高度7000にある絶壁の雪面を削り50cmくらいの棚をつくる。そこにテントを張る。テントといっても幅50cmである。
落ちれば1000mは転落し死亡だ。

そこで一夜を明かすのである。そして四肢の指を凍傷でなくし、下山時には雪崩にまきこまれ、
極寒の中を今度は絶壁に吊されるように立ったまま一夜を明かす。更に翌日は絶壁に宙づりになり、
ブランコのような形で上空1000mで一夜を明かす。

このようなことが人間に可能なのか。

筆の巧さもあるだろうけれど、後半は衝撃の連続であった。

未読の方には一読をオススメする。

普段の我々の生活は肉体的にはどうしようもなく安全なのだな、と思った。

この投稿へのコメント

  1. マッキー said on 2006年1月27日 at 5:16 PM

    わたしも読んだ。

    読了したときすごい疲労感があった。
    一緒に雪山登っちゃったんだと思う。

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