大柄な男性が小柄な女性に傅いていた不思議な光景とオプティマイズされた関係についての考察

閉店30分前の月島のモスバーガーでMacBookのキーボードをたたいていた。
カップルが入ってきた。
男性は40代初め。
スーツを着ている。
女性は20代最後か30代初め。
28〜32歳といったところ。
注文を終えると入り口脇のテーブル席に二人は座った。

男性は大柄である。
ちょいメタ(うちの弟分いわくちょいメタボリックの略だそうである)。
感じからして仕事は気質であろうと推測される。

女性は小柄で細身である。
髪は短い。
小顔の美しくはないが綺麗そうな人ではある。
女性が話す。
男性は優しく相づちをうつ。
しばらくそんなであった。

こう書くといい光景であるかのような印象を与えるが実際は趣が異なる。

だんだんと様子が違ってくる。
会話の間に「愛人」という言葉が聞こえた。
女性の声は重く湿っているが甲高く響く。
言葉ではなく声の音から感情が伝わってくる。

女性はずっと会社の同僚らしき女性について話している。
ポジティブな話ではない。
悪態とまではいかないがいい話ではないようだ。

彼女は相手に対してある種のコンプレックスを有しているようだ。
声が少し大きくなった。

「あの人は自分のことが好きすぎるのよ」

と言葉が聞き取れた。

「だから私は苦手なの」

だそうである。
しかし、相手にこの会話が伝わることはないだろう。
少なくともいまのコミュニケーションテクノロジーでは難しい。

商品が届けられ二人は店を出て行った。
男性は優しく相手をしている、かのように見える。

あの小柄な女性に傅く男性は何を思うのだろうか。
彼の脳裏にあるのは目の前にいる女性に「好かれたい」あるいは「気に入られたい」「嫌われたくない」という感情である。

あの瞬間、彼は精神的に彼女に支配されていた。

強さはフィジカルな強さだけではない。
先ほどの二人の関係においては女性が完全に支配権を持っていた。
コンテクストによって多少のズレはあるだろうけれど男性は女性に対して「依存」しているように見えた。

大柄な男性があんな小柄な女性に支配されている。
それは僕にとってとても不思議な光景であった。

自分があこがれるカップルをみていると「依存」「被依存」のバランスが絶妙であることに気づく。
一方が他方を支配するような関係ではなく相互依存と自律のバランスがとれている。
ああいう関係は「オプティマイズされた関係」なのだと思う。

オプティマイズされた関係において人はその能力を最大限に発揮できる。
もちろん負荷としてのストレスや抵抗がなければ能力は発現しないのであるが適度であることが重要でオプティマイズされた適度な関係は心地よい緊張を生み出すため「依存関係」にくらべ能力がドライブする環境をつくりやすい。

これは会社や組織においても同様にあてはまるのではないかと僕は考える。

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