カメラと移動とカタチのないコンテンツ


さっきあるTweetをみていたら「カメラを買うと外出が楽しくなる」といったことが書かれていた。
最近「移動」について考えることがあったのでこの視点で少し考察してみたい。

移動あるいは旅的な移動は基本的に非可逆なコンテンツである。
流れていってしまった場所も時間も巻き戻すことはできない。

写真はこの刹那ななにかをほんの少しだけ固定する。
撮ることでわずかではあるが刹那な時間に生じた脳内の結合パターンを再起させる要素や気配を記録する。
このプロセスはパッケージ化されていないのでわかりづらいのだけれどうまくカタチにしてあげれば人の本質的な部分に届く強力なコンテンツだと僕は思う。

そしていまオンラインサービスはこの種のカタチのないプロセスを必至に取り込もうとしているように思う。

人が求めているのは「移動」ではなく「移動」によってつくりだされる「刹那」を感じ取るプロセスであり、ここをドライブさせるサービスがこれからは成長していくのであろう。

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