比叡山の「堂入り」に32歳

見出しに目を奪われた。

比叡山の荒行最難関「堂入り」に32歳、9日間不眠・断食

比叡山の荒行「千日回峰」に挑んでいる延暦寺大乗院住職、星野圓道(えんどう)師(32)が13日、山中の明王堂(大津市)に9日間籠(こ)もる「堂入り」の行に入った。
 食事や水を断ち、不眠不休で不動明王の前で真言を唱え続ける最難関の苦行。堂入りする行者は6年ぶりで、戦後12人目になる。
 午後1時、合掌しながら見守る信者約300人を前に、白装束姿の星野師が、半田孝淳(こうじゅん)・天台座主ら高僧の先導で入堂。星野師が本尊・不動明王の周囲を3周して経を唱える中、堂正面の扉が外側からかんぬきで閉められた。千日回峰は、比叡山中など約4万キロ(地球1周)を7年かけて踏破する行。堂入りは、700日を終えた行者が断食断水・不眠不臥(が)で真言を10万回唱え、不動明王と一体となることを目指す。
 1990年に出家、得度した星野師は2003年、千日回峰行に入った。堂入り終了後は「当行満(とうぎょうまん)阿闍梨(あじゃり)」と称される。(2007年10月13日23時5分 読売新聞)

数年前、「行 〜比叡山・千日回峰〜」というビデオを観た。
その時の心象については下記のエントリーに詳しい。

千日回峰とある阿闍梨の誕生

この時、初めて比叡山の荒行について詳しく知った。
NHKスペシャルの放送内容をビデオ化した作品で千日回峰にのぞむ酒井氏を追ったものである。

ビデオには「堂入り」のシーンもあった。
衝撃的な映像であった。
即身成仏という言葉があるがリアリティを感じたことはなかった。
しかし「堂入り」を終えた酒井氏の姿を見たときは「これは」と思った。

お堂の周りには人垣ができていた。

「ありがたいことで。あんなにお年をめされて。ほんとに生き神様みたいです」

ある婦人がそうつぶやいた。
僕もそう思った。
人の中から「生きている」という状態以外の全てを排除した、そんな印象を受けた。

あれに挑む32歳がいるのである。
すごいとしか言えない。
僕にはまだできない。
いやこのままでは一生できないだろう。

儀式自体に僕が参加することは不可能なのだがあそこまでいかないまでも我々の内部でくすぶる潜在的な力を使い切らなければ達成できない仕事、千日回峰・堂入りに匹敵する、集中度を必要とする某かを我々は人生においてなすべきなのではないかと日々思う。

話がそれるけれど「出産」という事象は本当にスゴイことだと思う。
その瞬間の集中度によって女性の脳内にはそれまでになかった回路がつくられる、のではないか?
母親として生きる人々をみているとそんな印象を受ける。
酷い事件や町中でヒステリックになっている女性(母親)もいるけれど大多数の母親をやっている人々には共通した「まなざし」を感じる。

僕の印象でしかないがその共通性は「母親」であること「母親」になることによって脳内に何らかの回路が形成され、それが起点となって生じているように思う。

「あのモード」を意図的に実装することができれば人の世界のコミュニケーションは変わるかもしれない。
失われた言葉へのヒントがそこにあるような気がしてならない。

酒井氏については作家の隆慶一郎氏が


“時代小説の愉しみ (講談社文庫)” (隆 慶一郎)

の中で触れている。

「彼等に共通する潔さはなんなのだろう。そうだ彼等には一切の迷いがないのだ。迷いのない男とはこうもかっこいいのだろうか」
と書かれていた。また、

「迷い無きとき、人ひとにあらず」

上記、「エースをねらえ」にでてくる言葉なのだがいい言葉だと思ったのでまだ覚えている。

※以前のエッセイでも全く同じことを書いていたのでよほど印象深かったのだと思う。

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