人の音

私見だが「人は音に出る」というのが私の考えだ。
いかなる音であれその人が発する音はその人を体現している。

自分にとって不快な音域の音を発する人は総じて思考が「雑」である。
音を通じて伝わってくる本姓に対する反応なのであろう。

いろいろな場面で様々な音に出会う。
その度に音の向こうにそれを生成した個の本姓が見え隠れし、意識を奪われる。
電車で、カフェで、街で。

人は音を発しながら生きている。