「機動戦士ZガンダムIII 星の鼓動は愛」 新訳と平成と

噂の新訳Zガンダム「機動戦士ZガンダムIII 星の鼓動は愛」を観てきた。

一番近い場所では川崎での上映であった。

銀座で上映されていないのが残念である。

都内でも渋谷、池袋などで上映されているが休日の渋谷、新宿、池袋には足をはこぶ気がしない。

川崎のチネチッタは良くできたシネコンで快適に視聴することができる。

都内の一部の劇場には同料金でこのスクリーンは半ば詐欺ではなかろうかと憤りを感じずにはいられないようなものがある。
こうしたモチベーションの低い劇場の淘汰は必至だ。映画会社によっても劇場のホスピタリティの差は大きい。
銀座だとシネパトスは論外としても、東映はかなり出遅れている印象をうける。いまだに指定制に移行できておらず、
膝掛けなどの貸し出しも行っていない。

東宝のスカラ座などとの差異に愕然とする。

Ζガンダムについてコメントしていきたい。

3部作の最終章である今回の作品ではティターンズ、旧ジオン、エウーゴの三つどもえの戦いが展開される。
Zガンダムをまだ観ていない人はいきなり最終章である本作から観ると何がなんだかわからなくなるので予習をオススメする。

オープニングの画面にも「新訳」という表記がみられた。いったい何が新訳なのか。おそらくこうなのかな、
というくらいの予想はしていたが視聴しはじめて60分くらいはどこがどう新訳なのかをわからずにいた。
新たに追加されたシーンとオリジナルの映像の違いが気になってしまい、

「あ、ここは古いシーンだな。あ、絵が変わったのでここは描き加えている」

と頭の中で反芻してしまう。これが気になってストーリーに集中するのが難しい。
脳の中で絶えずギヤチェンジを強いられているような感覚であった。

 

ところが最後の数十分にはいるあたりでそれが薄れてきた。

どうやら見慣れたシーンの意味づけが変わっているようなのだ。

記憶が曖昧なので印象になってしまうが、様々なシーンがオリジナルのΖとは別の時間軸に置き換えられているように見えた。
そのためだろう、最後の方は別な作品をみているような錯覚に陥った。

未視聴の方もいると思うので、結末についてコメントするのは避ける。

新旧の両作を振り返ると旧Ζの救いのない気だるさと苦々しさは80年代という時代を反映していたように思う。
角川映画の破天荒っぷりとATGの煮詰まり感みたいなものがあり、それはそれで嫌いではなかったが表現はストレートで露骨であった。

新訳では角川映画な雰囲気はない。セリフの熱さも編集によって抑制が効いている。

真・Zガンダムという印象である。

また、映画用に新たに描き直された主要キャラ達の表情にはこの結末の方がしっくりくる。

このバージョンも十分ありだ。惜しむらくは本作のラストで流れるGacktの曲は全くあっていなかった。
一作目ではしっくりきていただけに、それが悔やまれる。

機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者- 

機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者-

機動戦士ZガンダムII -恋人たち- 

機動戦士ZガンダムII -恋人たち-

 

この投稿へのコメント

コメントはありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です